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本文2ぺージ目に「重要なお知らせ」があります。ぜひお読み下さい。


皆さんこんにちは。
院長の山本泰司です。
今月号も月間ぷぷか?よろしくお願いします!
院長コラムのほうも、普段の思いをきままに書いていきますので、どうかお付き合いください。
先月号は院長こらむが紙面の関係で途中で終わってしまいました。
今号は先月の続きです。
まずは先月号のあらすじから。
人の足(ここでは足首から下のこと)は不思議で、あの小さなスペースの中で人がどうやって重心をコントロールして、バランスよく跳んだり走ったり、斜面やでこぼこを移動出来るのかわかっていない、という話でした。
そこから話は進んで、人の体はわからない事だらけで、頭で考えて出来ることはせいぜい、体の邪魔をしない程度だ〜!と叫んだところでタイムリミットになったのでした。
今月はその続きです。
先月号で私の言いたかったことは、「人類はまだ命どころか、体の細胞ひとつ創れない。」という当たり前のところに行き着きます。
そしてさらに言うと、人(動物)は「いのち」しか栄養に出来ません。
つまり、人が食料に出来るのは動物、植物(有機物)しかありません。石ころや金属などの無機物は栄養になりません。
当たり前ですね。
つまり、人(動物)はいのちを作れないのに、いのちしか食べられない存在だということですね。自然のサイクルの中の一部なんだな〜。地球やその他の存在がないと生きていけないんだよな〜。と再認識してしまいます。
地球から見たらドラ息子見たいなもんなのでしょうね。
えらそうにしててもまあ、ちっちゃい存在だということですね。
また脱線しました(笑)。話をもどします。
足の精妙な動きはまだすべて解析できていません。なんであんな大きさ、形状でヒトが立てるのか、わからない。というところまででしたね。
でも実は手はもっと不思議なパーツです。
人の手はこの構造はこんなんです。
もともと、4足動物の時には手も足と同じ役割だったので、骨の基本構造はほぼ同じです。
上記のように、足の場合足根骨(そっこんこつ)と呼ばれていた7つの小さな骨が、今度は手根骨(しゅこんこつ)と呼び名が変わって、同じように配列されています。
面白いのは、手足の構造は並列している骨の数が、先のほうから5,4,3,2,1と順に減っていくことです。指の骨が5本、手足の根骨4つ、次の手足の根骨3つ、前腕とすねの骨がそれぞれ2本、上腕と太ももの骨がそれぞれ1本です。
構造医学の吉田先生によると、この配列には意味があるらしいのですが、それについては後述します。
人の手はこの形で、字を書くわ、ボールを投げるわ、お箸は持つわ、卵は上手に割るわ(注、この作業をロボットがやろうとすると、@卵を割らないように一つつかんで、Aわりたいところまで運んで、Bでうまく黄身を壊さないように殻を割る。という作業になり、結構難しいらしい)、、、と大活躍をします。
一つ一つの動きもまさに奇跡に近いのですが、これらの作業を「手」という一つのパーツが全てやってしまうのがすごい。
そして例のごとく、何故こんなことが出来るのか、解析できていません。
人の手と同じ機能をもつ機械はまだ作れません。
当然、手が障害を起こすと、何故こんなにうまく動いてるのかわからないだけに、またまた治療も難しい。
手の疾患は多く、その中でも難しい手の手術などは、手の専門の先生がいて治療されます。
手の平のある部分には『 no man's land 』(ノーマンズランド。人が入ってはいけないところ)と呼ばれ、出来るだけ手術など、介入しないほうがいいといわれている場所もあります。

先ほどの手足の骨の数が、先のほうから順に減っていくという話ですが、吉田先生によると、
「この構造は、手足が着地して荷重がかかると、力がからだの中心部にうまく集まってくるように作られている」
という事だそうです。
したがって手足の骨たちは、作業などで少々ずれたとしても、
「正しい方向に加重をかけることで、自然にもとの位置に戻るように設計されている。」
のだそうです。
これは、初期のズレなら正しい歩行をすることで自己整復されるという意味でもあります。
構造医学の講義でこのことを教わったときに、人の不思議さに触れたようで感動したのを覚えています。
実は、このような視点で見ると、体のいたるところに正しい歩行で自己整復、自己修復していくメカニズムが見えてきます。
確かに、レントゲン上で判別できないような骨のズレや症状でも、ほねの構造と先ほどの法則を頭において静かに力を加えると、よい結果が得られることも多いです。
私たちが牽引療法に批判的なのもこの理由からです。引っ張ると体がバラバラになる方向に力を加えることになり、不安定になるのです。
このように、手も足も不思議なところですが、体にはもっと不思議な場所があります。
それは、、、
続きはまた別の機会に。次号は、また別のお話をする予定です。
ご意見、ご感想お待ちしていま〜す。
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